池波正太郎「真田騒動 恩田木工」
- 作者: 池波正太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
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今、池波正太郎の「真田騒動」を読んでいるが、この頃の文章は、「剣客商売」なんかの文章とはかなり違っていて、面白い。
https://twitter.com/mimizuku004/status/1549393537
って、書いたんですけど、読み終わったんで、も少し詳しく書いておこうかと。
まず、池波正太郎の特徴的なテクニックとして、
(はて……?)
前方の闇の底に、何やら蠢くものの気配が大治郎に感じられた。
(だれかが、隠れている……)
隠れている者が、蠢いた。
それは、
(私がやって来るのを見たから……)
ではないのか。
(私を、だれかが待ち伏せている……)
のではないか。
- 作者: 池波正太郎
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これは、池波正太郎が、かなり頻繁に使うテクニックで、俺としては、池波正太郎の文章の読みやすさの秘密の一端は、ここにあるんじゃないかと、前々から考えています。
だけど、今回読んでみた「真田騒動」には、あんまりそれがないんですよ。
なんか、俺の中では、池波正太郎の文体=このテクニックくらいの認識だったんで、逆に新鮮でしたね。
あと、池波正太郎って、多分、かなり描写があっさりしてる方だと思うんですよね。
例えば、剣客商売で、秋山大治郎が初登場するシーンなんかでも、
まるで巌のようにたくましい体軀のもちぬしなのだが、夕闇に浮かんだ顔は二十四歳の年齢より若く見え、浅ぐろくて鞣革を張りつめたような皮膚の照りであった。
- 作者: 池波正太郎
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普通、初登場シーンだと、もう少し、顔の造作がどうとか、目つきがどうとかいう描写があってもおかしくないんですがね。つか、これでも池波正太郎の文章の中では、かなり詳細に説明した方だと思います。
同じ剣客商売に出てくる御用聞きの弥七なんか、
まだ四十前の弥七であるが人柄のよくねれた男で、女房が〔武蔵屋〕という料理屋を経営しており、そのため土地のものは、〔武蔵屋の親分〕などとよび、人望も厚い。
って感じで、背格好は勿論、顔つきの説明すらないですからね。
だけど、この「真田騒動」の中では、
こちらに背を向け、茶を点じているそのひとの、つややかな垂れ髪を分けて見える耳朶は、春の陽ざしに濡れた桃の花片のようだった。
「どうぞ……」
そのひとの身体からただよってくる香の匂いが近寄り、うすく脂がのった、むっちりと白い二つの手が茶碗をささげ真田伊豆守信幸の前へ置いた。
てな感じで、かなりみっちりと描写したりしてるわけですよ。
これもなんだか、いつもと違うなあという感じがします。
まあ、別にそれがいいとか悪いとかじゃなくてですね。
ここら辺を見ると、池波正太郎も、最初から完成されてたわけじゃなくて、段々と自分のスタイルを確立していったんだな、ってことが分かるわけですよ。
池波正太郎ほどの人間でも、そうなんですよね。
だけども、ここで、「よし、俺も、頑張ってスタイルを確立しよう!」っていう風に思っちゃうのは、実はあんまりよくないんじゃないかと思います。
新谷かおる氏のバイク漫画、ふたり鷹に、こういうくだりがあります。
パットとアルダナっていうキャラの会話なんですけどね。
パット:「あなたは全開アルダナといわれて、二輪でもっとも速く走る男といわれているけど…それはコーナリングフォームのせい?」
アルダナ:「ほう…いい質問だぜおじょーちゃん! 自慢じゃないけどね、俺のライディングフォームは専門家といってる人にはほめられたことがないぜ! みんなは俺のフォームは、ムチャクチャだ、参考にならんとね!」
パット:「でも、早いのは何故?」
アルダナ「フォームが悪いからだろ!! 今走ってるクーリーだってフォームなんかムチャクチャさ、でも速いぜ! どだいフォームなんかでタイムが上がるのは初心者だけよ。ベスト・フォームでベスト・タイムがでるんじゃない! ベスト・タイムがでたときのフォームがベスト・フォームだ。レースはフォームのコンテストじゃねえよ!」
- 作者: 新谷かおる
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だから、最初っから、「スタイルを確立しよう!」とか思っちゃうと、「ベスト・フォームでベスト・タイムがでる」って思い込んでしまうことになるんじゃないかと思います。
そして、多分、その場所は、スタイルを確立するというところからは、一番近くて遠い場所なんですよね。
逆に考えると、何かについて、スタイルを確立するには、その何かをする際に、スタイルについて考えないことが一番の早道なのかもしれない。
今日は、そんなわけの分からないことを考えました、まる。