名誉毀損の損害賠償の高額化の何が問題なのか

はいどうも。皆さんこんにちは。先月二回更新したし今月は更新しなくてもいいかなという弱い考えを拭いきれない男、mimizuku004でございます。


ところで、こないだこんな記事がありまして。
烏賀陽弘道さん2年前のチケットノルマについて言及したテキストで無駄に流さなくてもいい血を流す。あとせっかくなので人の長文コメントまとめる - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
冒頭の

今まで「オリコン」とか「警察」とか「よみうりテレビ(って何ですかね)」のように、漠然と権力みたいなものと戦っているように見えた烏賀陽弘道さん

を見て、
「あー、そーいやオリコン裁判なんてもんもありましたっけねえ」
とか思ってブクマ検索したらなんかまたぞろ愛・蔵太さんの
オリコンvs烏賀陽弘道氏で、あえて烏賀陽弘道氏を批判してみる。あとヒットチャートについて - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
烏賀陽弘道さんに対するオリコンの5000万円は「高額訴訟」なのか - 愛・蔵太の気になるメモ(homines id quod volunt credunt)
ていう記事なんかが出て来まして
「あー、なんか昔からヲチしてんねんなー」
とか思いながら読んでたらちょっと気になるところがあったので言及しようかと。
気になったのは以下の部分。

5000万円の訴訟は確かに個人相手の金額としては大きいが、最近の「名誉毀損の賠償額」としてはそれほど大きいものではない。別の具体例では、新潮社・週刊新潮を訴えた楽天三木谷社長は「12億6861万円」の損害賠償請求を2006年10月におこない(多分これが今のところ最高)、週刊新潮は「バカ市長」と書いただけで「2200万円」請求され(2006年11月)、リンクはしませんが武富士はもっといろいろな訴訟をしています(「名誉毀損 武富士 - Google 検索」でたくさん見つかります)。

「高額の賠償請求」によって、企業あるいは権力者がジャーナリストの言論を制限・弾圧するような風潮が拡がるのは、ぼくとしても納得いかないんですが、それと同時にぼくは弱者がメディアでひどい目に会った、という例のほうが気になるので(冤罪とか)、誤報・歪曲記事に対する責任意識を持たせるためにも、「名誉毀損」の賠償請求は、それなりの金額でも仕方ないかな、と思います。

同上

烏賀陽弘道さんの「5000万円」は、相場より少し高いかな、と思いますが、「3000万円以上」の請求は普通なので、これが「5000万」だったとしても、ぼくは「高額訴訟」とは思えるレベルではありませんでした。


確かに、

従来は、名誉毀損が認められても、慰謝料として数十万円の損害賠償が認められるだけで、侵害された名誉を償うにはあまりにも低額であった。その結果、せっかく裁判所で名誉毀損が認められても、マス・メディアとしては名誉毀損的な記事を掲載して発行部数を伸ばせば、多くの利益を得られるため、損害賠償が名誉毀損を抑止する効果を持っていないと批判されてきた。

松井茂記著「マス・メディアの表現の自由」 P100

なんて話もありますし、愛・蔵太さんが参考として挙げておられるhttp://urusan.net/urusan/H14/140302.htmを見ても分かるように、「アメリカだともっと高いじゃん」ってな話もあります。
しかし問題なのは、その損害賠償額が高額なアメリカと低額な日本とでは、名誉毀損に関する法理が全然違うってことです。
知ってる方も多いとは思いますが、アメリカの法理は、「現実の悪意の法理」などと呼ばれています。

現実の悪意の法理とは、1964(昭和39)年に米国連邦最高裁が「ニューヨークタイムズ対サリバン」事件において採用した名誉毀損の免責法理であり、公務員に対する名誉毀損表現については、その表現が「現実の悪意」をもって、つまり、それが虚偽であることを知っていながらなされたものか、または虚偽か否かを気にもかけずに無視してなされたものか、それを原告(公務員)が立証しなければならない、とするものである。

佃克彦著 「名誉毀損の法律実務」 P262

1964(昭和39)年、3月、連邦最高裁は、この事件を連邦憲法修正第1条の表現の自由に関わる問題として正面から受け止め、前述の「現実の悪意の法理」を提示して、公務員の行動に関する批判的言論に関し、広く免責の余地を認めた。その根底には、「公共的な争点に関する討論は抑制されてはならない」、「自由な議論においては誤った言説は不可避であってこれもまた保護されねばならない」、「公務員の行動に関する批判的言論をする者に真実性の立証責任を負わせると、真実性の証明に失敗することを恐れるあまり『自己検閲』を招いてしまう」等の問題意識があり、法廷意見はこれらを的確に指摘したのである。
現実の悪意は、故意ないしそれに準ずる概念といえるのであり、ましてそれを公務員の側で立証しなければならないというものであるから、この判決は、公務員に関する批判的言論につきほぼ絶対的な保障を与えるものとして画期となった。なお、その後連邦最高裁は、この法理の対象範囲を、「公務員」から「公的人物」(public figures)にまで拡げ、表現の自由の保障の範囲を拡張している。

同上 P263

一方、日本のそれは、「真実性・真実相当性の法理」などと呼ばれています。

真実性・真実相当性の法理は、表現の自由の保障の観点から解釈上設けられた免責事由であり、これは、最1小判1966(昭和41)年6月23日が承認して以来確固たる判例理論となっている。
最判は、「民事上の不法行為たる名誉棄損については、その行為が公共の利害に関する事実に係りもつぱら公益を図る目的に出た場合には、摘示された事実が真実であることが証明されたときは、右行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があるときには、右行為には故意もしくは過失がなく、結局、不法行為は成立しないものと解するのが相当である(このことは、刑法二三〇条の二の規定の趣旨からも十分窺うことができる。)」という。

同上 P212

なお、この真実性・真実相当性の要件は、すべて被告側、つまり表現者側が主張・立証責任を負うものである

同上 P213

つまり、おおざっぱにいうと、「アメリカの場合、名誉毀損が認められにくい代わりに、認められると賠償額が高額」で、「日本の場合、名誉毀損が認められやすい代わりに、認められても賠償額が低額」って感じだったわけです。
で、損害賠償額の高額化で何が問題視されてるかって言うと、その名誉毀損を認めるか認めないかっていう部分をいじらずに、単純に賠償額だけいじったっていう部分なんですよね。

従来の損害賠償額があまりにも低く、受けた損害に見合っていなかったことからは、損害賠償額の引き上げは当然といえる。だが、現在のように、マス・メディアに対しきわめて厳しい姿勢をとりつつ、損害賠償額を引き上げるというのでは、マス・メディアの表現・報道の自由にとってきわめて重大な問題である。損害賠償額を引き上げるのであれば、当然、マス・メディアが免責されるべき要件ももっと緩やかに解されてしかるべきであろう。

松井茂記著「マス・メディアの表現の自由」 P108

名誉毀損が認められやすいまま、名誉毀損が認められた場合の賠償額だけが高額化するようでは、言論・表現の自由はますます萎縮する方向に流されてしまう。

浜辺陽一郎著「名誉毀損裁判 言論はどう裁かれるのか」 P217

てなわけで、最近の高額化の流れ自体にこういう疑問が呈されてる中で、そこらへんにあんま触れずに、ただ、
「最近の流れからするとそんな高くもないよね」
とか言われちゃうと何だかケツがムズムズするわけなんですよね。
出来れば多少なりとも書いといて欲しかったなあ、などと。


てか、今ふと思ったんですけど、松井先生が、

重要なことは、このような動きが決して偶然にバラバラに生じてきたものではなく、政治の側の影響の下、最高裁判所自身の強い指導と思われるような状況下で一斉に生じてきていることである。というのは、このような高額化は、国会で公明党の国会議員が名誉毀損の損害賠償額が低すぎないかを問いただしたのに対し、最高裁判所側がこれを認めるような発言を行い、そのあと、それに応じるように裁判官の研究会から損害賠償の高額化を提唱する報告が出され、さらに裁判官の研修会でもこの問題が取り上げられ、事実上損害賠償額の高額化が最高裁判所の事務総局から各裁判所に指示されたと考えられるような状況で生じているからである。

松井茂記著「マス・メディアの表現の自由」 P101-102

って書いてるんですけど、この中の「国会で公明党の国会議員が問いただした」って、愛・蔵太さんが紹介してらしたhttp://urusan.net/urusan/H14/140302.htmのことなんですかね。もしかして。
トップページ(衆議院議員・漆原良夫)見ると公明党って書いてあるのでそうっぽいかなーと思うんですけど。

あと、なんでブクマした当時に言わなかったのよって思われる方もいるかと思いますが、何で言わなかったのかはよく分かりません。ていうか覚えてないです。
確か当時の僕としては、このオリコン裁判に関しては「裁判所がどういう判断を示すか」みたいなとこに関心を持ってたような気がするので、それ以外の部分はスルー気味だったのかもしれません。
分かんないですけど。


では、今日はこの辺で。

BGM:「アリアリ未来☆」高梨奈緒(CV:喜多村英梨), 土浦彩葉(CV:井上麻里奈) & 近藤繭佳(CV:荒浪和沙)