牢記せよ 自分が何者であるかを(ry

TRPGの〈改版〉は〈消費期限〉とどう関係するか?─F.E.A.R.の企業戦略分析・完結編 - GOD AND GOLEM, Inc. -annex A-

とりあえず、そろそろ軽くツッコんどいた方が良いのかもしれんと思ったのでごく軽くツッコんどくことにする。
しっかし、相変わらずまとまらん喃。ていうかほんとは他にもツッコもうとしたんだけど、書いてるうちにめんどくさくなってきて、放棄したのは君と僕だけの秘密だよ。

gginc氏は、

 新版が出た後も、旧版のゲームコンセプトにあまりに惚れこんでしまったために、新サプリがなかろうと、雑誌サポートが打ち切られようと、営々とそのゲームを改造し、夢を振りまき続ける、「金にならないゲームマスター」の存在を、F.E.A.R.は最初から排除しています。

とか何とか書いておられる。

これに関しては、まあまだ始まったばかりだし、ちと強引かなと思わないではないのだけれども、SRSがあるんでねえのか喃。

まあSRSだからといって、必ずしもそうであるとはいえないんだけれども(SRSベーシックを見たことがある人は分かるかと思うが、あれはマジ基本しか決まってないので、他にくっつけるルールとかでわりと別物になりうるんじゃよ。)、「SRSでは、他のゲームがサプリとして使えることがある」んじゃよ。

例えば、アルシャードガイア上級ルールブックでは、アルシャードフォルティッシモの導入ガイドが掲載されたし、アルシャードガイアサプリメント「グレートディメンジョン」では、天羅WAR風の聖痕RPGの導入ガイドが掲載されたんじゃ。
俺も積読になっててあんまりよく読みこんでは居ないが、基本的には他のSRS作品をアルシャードガイアに導入するためのガイドなんじゃが、その逆の場合の指針もちゃんと書いてある。(実際にやったわけじゃないから、そのガイドがどの程度の物かは分かんないけど。)

実際、風の聖痕RPGが出る前後に2chのSRSスレを見ていたんだけど、風の聖痕RPGをやる予定はないけれど、アルシャードガイアのサプリとして購入するという人がかなりいたわけですよ、これが。*1

つまりは、SRSに対応していれば、例えば、風の聖痕RPGに、十年後に出たアルシャードガイア第二版をサプリとして導入することすら、可能かもしれないのである。(FEARのペースなら、十年もかかんねえか(笑)。)
しかも、そのためのサポートとしては、導入ガイドを用意するだけでよい、ということにすらなるのかもしれないのである。

これは氏が求める「別解」の一つとして、検討に値するのではなかろうかとか思うわけじゃよ。

ていうか、今ふと思ったんだけど、『新版が出た後も、旧版のゲームコンセプトにあまりに惚れこんでしまったために』って、FEARゲーは改版されてもコンセプト変わらないんだから(というのが氏の主張だよね?)、そんなに惚れ込んでるなら新版買えよ(笑)。うーん……、どーもいまいち論旨が混乱しとる気がしてならん喃。


まあそれはそれとして。

実はここまでは前置きなんじゃよ。

今回、本当に私がツッコミたいのは、こういう細かな(重要じゃないってことじゃないよ!)ツッコミどころではなく、そもそもになぜこのようなツッコミどころが生まれてしまうのか、という点である。

なんだか、やたらめったら「自分はFEARをDISっているわけではない」と書いてあったので、多分、FEARゲーマーから、ツッコミを食らったりしているんだと思う。他人のブログなんであんまよう知らんけど。

なぜ、そういうことになってしまうのか。

上述した、おいらのツッコミについては、FEARゲーマーの人からは、少なくとも、「ああ、そういうこともあるなあ」とか「そうかもしれんなあ」くらいの同意はもらえるのではなかろうかと思う。

それも当然で、あれは多分FEARゲーマーなら、わりとすぐに思いつく事柄だからである。
「SRSでは、他のゲームがサプリとして使えることがある」ということについてはそれこそガイア上級やグレートディメンジョンを読めば、すぐ分かる話だもんね。

で、まあ、なにが言いたいかというと、要するに、氏にはFEARゲーマーとしての視点がいまいち欠けているのではなかろうか、ということが言いたいんだけど。

企業戦略やその製品を分析するからには、ユーザーがその企業や製品をどう見ているのか、その人たちはどういう視点を持っているのか、ということも重要だと思うのだが、それがないんではないのか喃。

FEARゲーをやれ、FEAR厨になれとは言わんが――FEARゲーマーの言葉でFEARゲーを語れるくらいにはなっていて欲しいものである。

FEARについて語る際にそれが必要か?という問いに対する答えは、TRPGを語る際にTRPGゲーマーの視点が必要か、という問いに対するそれに等しいように思う。


なので、いくら繰り返し、

 私はF.E.A.R.のシステムも、それに適した商業戦略も、その両方が、本当に優れていると、掛け値なしに思います。

とか言うても、根本的な解決にはなりえないんではねえのか喃。
要するに、gginc氏がツッコミを食らう原因は、氏がFEARをDISっているからというのではなく、氏にFEARゲーマーとしての視点がなく、そのせいで、彼らと氏の見解にズレが生じてしまっているということなのではなかろうか。だからこそ、彼らに「こいつはわかってない」という印象を与えてしまい、軋轢を生むのではなかろうか。


どうもその辺、氏の自分自身の持っている視点というか自分の立ち位置というものに対する自覚が薄いというか欠如しとるんじゃないかという疑いは拭いがたく存在するわけで。
そういう部分を再確認してみるというのも無意味ではないのではなかろうかとおもうわけじゃが。

まあ、

 F.E.A.R.についての私の分析は、これでいったん終わりとします。このあとしばらくは、どんな質問が来ようと、私の現時点で補足できるだけの実力は残っていないとお考え下さい。正直、いっぱいいっぱいです。リソース欠乏です。

とのことなので、特にこれに対する反応は期待してません。(俺もめんどくさいからっていろいろ放置しとるからな!)
どうぞお気になさらず。


ただ俺はこれから氏が研究を進めるにあたって、FEARゲーマーの言葉を手に入れられるかどうかというのはわりとでかいんやないのかな、と思うのであった、まる。



BGM:「レンズ越しの宇宙の下で」米倉千尋

*1:ちなみに俺は買ってません。すいません。リプレイすら買ってません。正直スマンかった。